◆コーヒーブレイク  失われた窓

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昭和9年・「澤田節蔵邸」  設計:木下益治郎 東京 (原図は太郎所蔵)
和紙に鉛筆で書かれた図面です。ほかに原図が約30枚現存します。
全室暖房(燃料は石炭)電話ボックスもあるモダンな住宅です。
昭和20年5月の東京大空襲で焼失。『澤田節蔵回想録』
澤田節蔵(外交官、ブラジル大使、東京外国語大学学長を歴任)
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by earybird | 2007-02-25 22:19 | 住宅 | Comments(8)

Commented by nobulinn at 2007-02-26 00:36
こんばんは。
これ、和紙に鉛筆で書かれたものなんですか?
とっても、細かい・・・(^^;)
この図面から端正な住宅の姿が想像できますね。
Commented by humsum at 2007-02-26 05:03
おはようございます!
わーーつ、原図を所蔵しているのですね..
素晴らしいコレクションです..感服です!!
Commented by lucca-truth at 2007-02-26 07:33
おはよございます
すてきなお家があったんですね。
和紙に鉛筆書きの図面、みごとなものですね
貴重なコレクションを拝見できて感激してます。
Commented by 太郎 at 2007-02-26 20:56 x
nobulinnさん
和紙に鉛筆、とてもシャープな線で描かれてます。
初めて見たときは、どういう方が住んでいたのだろうと
想像してました^^
Commented by 太郎 at 2007-02-26 21:02 x
humsumさん
はい、縁会って原図を所蔵しております。
原図の邸宅の場所も資料から明らかになり
ご家族へお手紙差し上げて当時のお話も
昨年伺ってまいりました^^
Commented by 太郎 at 2007-02-26 21:05 x
lucca-truthさん
そうですね、すてきなお家、初めて見たときには驚きでした。
昭和9年の東京青山に建っていた建物です。
当時はトレーシングペーパーはなく、和紙なんですね。
Commented by マフィンマン at 2007-02-26 21:19 x
昭和9年に設計され、東京大空襲で焼失したということは、長くても11年しか存在しなかった建物なんですね。何ともったいない。
そう言えば、永井荷風の麻布市兵衛町(現・六本木)の邸宅も東京大空襲で焼け落ちたそうです。
大空襲がなかったら、いや、あの戦争がなかったら今ごろ、東京はどんな街になっていたのだろうか――などと、詮ないことを考えてしまいます。
Commented by 太郎 at 2007-02-26 21:38 x
マフィンマンさん
そうなんです、11年間、ほんとにもったいない。
ご家族は当時のことを
今でも鮮明に覚えておられました。
永井荷風の邸宅も麻布で焼失でしたか。
この邸宅の主、澤田節蔵は戦前、国際連盟の脱退を
本国外務省に対し一人反対していたそうです、世界で
孤立すると。